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宮崎の神社 高屋神社 西都市岩爪

熊襲平定の拠点、景行天皇ゆかりの地 高屋神社(たかやじんじゃ)

西都市岩爪の県道325号線(福王寺佐土原線)沿いに高屋神社があります。
県道325号線沿いに鳥居があります。


高屋神社
御祭神
 景行天皇(大足彦忍代別天皇:おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)
 大穴牟遅命(おおなむのなのみこと)
住所
 西都市大字岩爪2600番地


高屋神社由緒記
 日向國子湯縣(こゆのあがた)たる高屋村日陽山(ひよのやま)に高屋乃宮を齊祭(いつきまつ)る>御祭神は、景行天皇(大足彦忍代別天皇オウタラシヒコオシロワケスメラミコト)大穴牟遅命(オウナムノナノミコト大國主命)なり
 即(すなは)ち神武天皇(神日本磐余彦天皇カミヤマトイワレヒコスメラミコト)皇軍を率ひて大和に御幸行(みゆき)有るし後、凡そ七百年、日向は王化(おうか)に遠ざかり夷族(いぞく)益々勢力を得るに到れり。

宮崎の神社 高屋神社 西都市岩爪
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 人皇十二代景行天皇纒向日代(まきむくひしろ)の御宇(ぎょう)十二年(82年)七月熊襲(くまそ)叛(はん)す因(よ)って八月十五日皇居御発賛(ごはつさん)遊ばされ大権(たいけん)の武装(ぶそう)を奉じ給ひ、
 筑紫御親征に向はせ給ひ、九月五日周防國(すぼうのくに)佐波津(さはず)の港より豊國(とよのくに:大分県)海部郡宮の浦に船を着け、豊前に入り鼻垂(はなたれ)、耳垂(みみたれ)、諸譒兇賊(しょばんきょうぞく)、土蜘蛛(つちくも)を討ち、険山(けんざん)を越深谷(しんこく)を渡り日向國子湯縣(こゆのあがた)に到り、此の地に御注賛(ちゅうさん)遊ばさる

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 十二年(82年)丁亥秋十一月高屋行宮(たかやのかりみや:現黒貫寺境内)を興(おこ)し、天皇は宮殿の東、日陽山景勝の地に宮柱太敷(ふとしき)立て、神殿を造り天神地祇(てんしんちぎ)八神及び烈聖(れつせい)の皇霊(こうれい)を鎭(しず)め奉り、皇軍克勝(こうぐんのかつしょう)を御親祭(ごしんさい)あそばせ給う

宮崎の神社 高屋神社 西都市岩爪
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 畏(かし)こくも天皇は、黒木作り(黒貫の地名の語源)の御所(ごしょ)に於て七年間、御辛苦(ごしんく)の戦ひの末、遂に十三年(83年)夏五月悉(ことごと)く平定され、火の國(熊本)を経て大和へ御還幸遊ばされる。
 御推察するだに畏(かしこ)き極(きわみ)なり

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 其の後二十七年(97年)八月再び熊襲(くまそ)叛(そむ)く。
 天皇は御子小碓命(こうすのみこと(16歳):日本武尊やまとたけるのみこと)に命じて是を討(う)たせらる。
 命(みこと)は直ちに日向へ渡り、古(いにしえ)景行天皇の御所たりし高屋行宮跡(あんぐうあと)に幸し、高屋宮に皇軍の克勝を御祈願の後熊襲建(くまそたける)を討ち平げ給ふ。
 後里人等、景行天皇の偉業(いぎょう)と御徳を偲(しの)び奉り、其の御神霊を高屋宮に奉祀(ほうし)し村の鎮守神(ちんじゅがみ)とりて、里人の崇敬(すうけい)篤(あつ)し

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 古来、祭典は毎月行なひ、年間七十五度の大小祭有りと謂(ゆ)ふ。
 一月 正月用の餅は「餅田迫(もちでんさこ)」(字小路)祝松は「松ケ迫」より納む。
 二月 春の彼岸(旧暦)には「彼岸田(ひんがんで)」(字境田)より納米
 三月 節句米は「三月田(でん)」(字山下)より納米
 五月 節句米は「五月田(でん)」(字四反田)祝菖蒲(しょうぶ)は「菖蒲迫」(字吉の丸)より
 六月 大祓(ばらい)は「拂谷」(字拂谷)にて
 七月 七日、七夕祭は「七夕田(たなばたでん)」(字七夕田)より納米
 八月 彼岸は「彼岸田(ひんがんで)」(字境田)より納米

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 九月 九日は大々神楽(大祭)にて最大の祭典なり
 其の儀前夜、黒貫寺境内の御初家(はつけ)山(景行天皇の仮御所跡)に御神霊をお移し申し上げ、明九日、三十三番の大々神楽を奉納終りて御還幸(かんこう)有り。
 此の制度は明治七年(1874年)まで行なわれ、費用準備は總て黒貫寺より行なひしと謂(い)ふ。
 十一月 星祭は「霜月田(しもつきでん)」(字畑間)より納米
 十二月 大祓は「拂谷」(字拂谷)にて
 各祭典に用いる「ヒトギ」は「ひとぎ田(でん)」(字四反田)より「五供米(ごくまい)」は「九豫田」(字拂谷)より奉納、其の籾種は「米納(こめんのう)」(字四反田)より納めしものなり
 尚例大祭日は旧九月九日として現在に到る
昭和五十九年(1984年)旧九月九日
高屋神宮宮司 黒岩将憲 謹白


高屋神社は神殿の跡と伝えられています。


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