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宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲

坂元棚田に昨年に引き続き、赤いソバの花が咲きました。
駐車場の横に、赤いソバの花が咲いています。
赤いソバの花って珍しいですよね。
赤いソバの花は、「高嶺ルビー」だそうです。

宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲
hiroの部屋2 宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲

石垣の雑草が綺麗に取られています。

宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲
hiroの部屋2 宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲

白いソバの花が見えます。

宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲
hiroの部屋2 宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲


宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲
hiroの部屋2 宮崎の花 坂元棚田を染める赤いソバの花 日南市酒谷甲

赤いソバ食べてみたいですね。


坂元棚田(日本の棚田百選 平成11年)
 坂元棚田は、日南市の最高峰の小松山(標高988.8m)の南西斜面標高200mに位置し、小松山を水源に清らかな水が谷川から棚田へと流れています。
 棚田の元地は、集落共有の屋根を葺く茅を刈る原野で茅場(かやば)と呼ばれていた所です。起伏の少ないなだらかな傾斜地で、四季をとおして野の花が咲き、野鳥もたくさんいて、子供にとっては広々とした楽しい遊び場だったようです。
 その茅場が棚田へと変わっていったのは昭和の初めで、国の補助事業を導入して大正の末から測量が始められ、昭和3年(1928年)5月に坂元耕地整理組合を設立して同年9月から本格的に工事が始められました。工事5年間を費やし、工事は19,747円と当時としては高額の費用をかけて昭和8年8月に約110枚、5ヘクタールの棚田が完成しました。
 石積みは全て現地の石を利用したもので、小さな自然石と大石を割ったものを垂直に近い斜面に高く積み上げる技は大変難しく、専門の技術者を雇い入れて工事は始まりました。工事が進むにしたがって地元の人々も見よう見まねで技術を習得し、十数枚の田が出来上がった頃からは、地区の人々を中心に家族総出で工事が進められたようです。
 この棚田は馬耕を前提としており、全国的に類をみない幾何学的に整備されたもので、1枚あたり約5アールの面積や畦道の幅など全て馬耕の思想が見られます。
 開田と同時に、灌漑用水工事も行われ、小松山中腹の赤ナメラ谷、半四郎窯谷の二つの谷から約1500mの水路開削工事も進められました。
 開田当時は漏水が激しく、田の表土も硬く、稲の収穫は現在の半分にも及ばない程でしたが、農家の努力によって年毎に耕作し易くなり、徐々に増収へとつながっていきました。
 現在、12戸の農家が水田として70枚の棚田を耕作していて、近年は、棚田を訪れる人々も多く、四季おりおりの風景を楽しんでいただいています。
 農林水産省は平成11年(1997年)7月26日、文化的遺産や国土保全、動植物生態系の維持などを果たしている役割を評価して『日本の棚田百選』に認定しました。
(現地案内板)



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