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★hiroの部屋2★

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新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

 宮崎市の青島神社で新春のみそぎ「裸まいり」が行われました。

 青島神社裸まいりは、寒風をつき海水の中で身を清める禊(みそぎ)行事で、数ある神社の伝統行事の中でも極めて珍しく、貴重なものとして知られています。
 例年、全国各地から約500人が参加し、青島地区の冬の風物詩となっています。
 新型コロナウイルス感染症の影響を受け、令和3~4年は関係者約20人で実施し、令和5年は参加者を約100人(県内在住・中学生以上)に制限して実施しましたが、今年はコロナ禍前の規模に戻し、参加者約450人で実施されます。
【追記】
 新聞によると、県内外から3~72歳の393人が参加されたそうです。

予定時間
 渚の交番前出発       10:30
 青島神社前到着       10:40
 みそぎ行法(青島神社前) 10:40~10:55
 青島神社参拝・湯立神事  10:55~11:15
 青島神社前出発       11:15
 青島海水浴場前集合    11:25
 みそぎ行法(青島海水浴場前) 11:30~11:45
 青島海水浴場前出発    11:45
 青島参道到着        11:50
 冠水              11:55~12:00

・裸まいりに参加申込できる人は、健康な人のみとし、青島裸まいり実行委員会は、疾病や紛失、その他の事故等については、一切の責任を負いません。
・裸まいり当日に体調のすぐれない人は、参加をご遠慮くださいますようお願い致します。
・湯立神事は、熱湯が身体にかかることがあります。ご参加の際は、ご注意ください。

10時35分 参加者が青島神社へやって来ました。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

10時46分 みそぎ行法です。
ふんどしや白装束姿の参加者が真冬の海に入って行きます。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

お天気が良く上着を脱いでの撮影ですが、海に入っている参加者の方は寒いだろうなあ~
海水温度は11度・・・

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

テレビ局や多くのカメラマンが来ています。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島


新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

みそぎ行法の後、青島神社へ参拝、湯立神事が行われます。
11時5分 湯立神事です。
大釜で沸かした熱湯に笹を浸し、頭上をお祓いし熱湯のしぶきを浴びせます。
「熱い!」って声が聞こえます。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

11時23分 青島海水浴場でみそぎ行法です。
奥ではサーフィンをしていますね。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

ひなた宮崎県総合運動公園の「ひなた木の花ドーム」が見えます。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島

11時34分 青島参道でバケツ冠水です。

新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島
hiroの部屋2 新春のみそぎ 青島神社裸まいり 宮崎市青島


いつもは500名程の参加者がいるのですが、今回の参加者は393人となっていますので、予定より少し早く進行しましたね。


青島神社 裸まいり
 その昔、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)が、にわかに海神国からご還幸された際、村の人々が衣服(命をお迎えする為の装束)をまとう暇もなく赤裸の姿で取り急ぎお迎えしたという古事から起こったものです。



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  1. 2024/01/21(日) 15:59:02|
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佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 佐賀県唐津市

ユネスコ無形文化遺産 唐津神社秋季例大祭 曳山
佐賀インターナショナルバルーンフェスタの15時からの競技フライトの撮影を諦め、唐津市で行われている唐津くんちを撮影に変更です。
国道323号線を走り唐津市へ向かいます。
唐津市内は、交通規制に入っていました。
駐車場を探して1時間以上ウロウロするのでした。
結局、唐津市立長松小学校の無料駐車場に車を停めさせて頂き、会場へ向かうのでした。
ウロウロしている間に、曳山は西の浜御旅所に集まっていました。

佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 一番曳山 赤獅子 刀町 文政2年(1819年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 一番曳山 赤獅子 刀町 文政2年(1819年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 二番曳山 青獅子 中町 文政7年(1824年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 二番曳山 青獅子 中町 文政7年(1824年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 三番曳山 亀と浦島太郎 材木町 天保12年(1841年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 三番曳山 亀と浦島太郎 材木町 天保12年(1841年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 四番曳山 源義経の兜 呉服町 天保15年(1844年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 四番曳山 源義経の兜 呉服町 天保15年(1844年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 五番曳山 鯛 魚屋町 弘化2年(1845年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 五番曳山 鯛 魚屋町 弘化2年(1845年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 六番曳山 鳳凰丸 大石町 弘化3年(1846年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 六番曳山 鳳凰丸 大石町 弘化3年(1846年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 七番曳山 飛龍 新町弘化3年(1846年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 七番曳山 飛龍 新町弘化3年(1846年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 八番曳山 金獅子 本町 弘化4年(1847年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 八番曳山 金獅子 本町 弘化4年(1847年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 九番曳山 武田信玄の兜 木綿町 元治元年(1864年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 九番曳山 武田信玄の兜 木綿町 元治元年(1864年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十番曳山 上杉謙信の兜 平野町 明治2年(1869年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十番曳山 上杉謙信の兜 平野町 明治2年(1869年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十一番曳山 酒呑童子と源頼光の兜 米屋町 明治2年(1869年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十一番曳山 酒呑童子と源頼光の兜 米屋町 明治2年(1869年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十二番曳山 珠取獅子 京町 明治8年(1875年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十二番曳山 珠取獅子 京町 明治8年(1875年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十三番曳山 鯱 水主町 明治9年(1876年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十三番曳山 鯱 水主町 明治9年(1876年) 佐賀県唐津市


佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十四番曳山 七宝丸 江川町 明治9年(1876年) 佐賀県唐津市
hiroの部屋2 佐賀の祭 唐津くんち 御旅所神幸 十四番曳山 七宝丸 江川町 明治9年(1876年) 佐賀県唐津市


曳山巡行コースと予定時刻
曳山巡行コースと予定時刻


唐津くんち(からつくんち)
 佐賀県唐津市にある唐津神社の秋季例大祭です。
また、平成27年にユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
 乾漆で製作された巨大な曳山(ひきやま)が、笛・太鼓・鐘(かね)の囃子にあわせた曳子(ひきこ)たちの「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに、唐津市内の旧城下町を巡行します。
 祭り期間中の人出は延べ50万人を超えます(唐津市の統計による)。
 昭和33年(1958年)に曳山14台が佐賀県の重要有形民俗文化財に、さらに昭和55年(1980年)には「唐津くんちの曳山行事」が国の重要無形民俗文化財に指定されました。
 豪華な漆の工芸品の曳山は、現代の制作費に換算すると1~2億円に上るといわれています。
 神輿の御神幸は寛文年間(1661年-1673年)に始まったとされています。
 今日の神幸行列のように曳山がこの祭りに登場するのは、一番曳山(いちばんやま)の「赤獅子(あかじし)」が文政2年(1819年)に奉納されてからのことです。
 以後、曳山は明治9年(1876年)までに15台が製作されていますが、うち1台は消失し、今日奉納されているのは14台です。
 曳山は「乾漆」という技法で製作されています。
 その製法は、まず粘土で型を取った後、その上から良質の和紙を200枚くらい張り重ねて厚みを作ってから中の粘土を取り外っします。その和紙の上から漆を塗りますが、下地を7、8回塗ってから、中塗り、上塗りを重ね、その上に金箔や銀箔を施して仕上げています。
 14町の曳山に共通する基本的な構造は、上記のようにして製作された曳山の主要部分である獅子頭や兜などの巨大な工芸品を、車輪のついた、樫造りの台車の上に載せるものです。
 台車の前方には100mほどの長さになる2本の綱に数十人の曳子がついて曳山を前方に曳いていきます。また、台車の後方には2本の梶棒(かじぼう)が突き出ており、この棒を操作することで曳山の進行方向を操作します。



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  1. 2023/11/03(金) 13:47:09|
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